龍言時間

新潟には僕の「書斎」がある。

1990年代後半、まだ分厚かったノートパソコンと音響カプラーを抱えて、当時会社勤めだった僕は、休暇先のニューヨークやパリから仕事のメールを送っていた。「ワーケーション」という言葉が生まれる前から、僕にとって旅と仕事はワンセットだった。見ず知らずの街の、旅行者など歩いていない路地を巡り、常識がまるで違う人々と会話をする、その時に出会う小さな違和感や納得が、常識を裏切るアイデアを生み、企画を生み出す。旅は創造のゆりかごだ。まだどこにもない何かを見つけるために、僕は今も旅に出る。

そんな僕が愛する宿が幾つかある。正確にはグループで、そのグループの宿を泊まり歩く。一つは里山十帖(自遊人)グループであり、一つはセトレグループである。そして、最近そこに井仙グループ(旅籠井仙、Ryugon)が加わった。
僕にとってRyugonの魅力は、書斎としての、発想の場としてのそれだ。
座り心地の良い椅子があり、しっかりとした机がある。集中するためのBGMなど不要だ。ここでは、美しい水音と鳥の声が不思議なほどに集中力を高めてくれる。
さて、僕は今、この瞬間、まさにRYUGONの自室で、目の前で杉の木が切り倒されるのを眺めながら、この原稿を書いている。原稿を書いているにもかかわらず、なぜか仕事のアイデアがふつふつと浮かんでくる。Ryugonにいると発想が止まらなくなるのだ。

こんな素晴らしい時間は誰にも邪魔されたくない。一人集中したいとき、RYUGONがお弁当を用意してくれるのが有り難い。その気遣いは食事だけではない。一人で来て自分だけに向かい合いたければ部屋に籠もる。でも、だれかと話したくなったら、土間で料理作りに加わる。誰とも話したくなくてもだれか人の気配を感じたくなったら、ロビーに出てコーヒーを飲む。ここでは、様々なモードが宿に併存し、それを切り替えて楽しめるのだ。
この部屋の椅子もそう。ちょっとずつ堅さが、角度が、座り方が違う。お酒を飲みたければ、本を読みたければ、仕事をしたければ、座り位置を変えて気持ちを切り替える。頭の中のモードも切り替わっていく。
そうやってスイッチを切り替える毎にアイデアが途切れなく湧いてくる。今回の旅も成功だ。
たぶん、半年後に僕はまたRYUGONにいるだろう。
今日思いついたアイデアを半年で全部吐き出して、頭を空っぽにしてここに戻ってくるだろう。モードを切り替えて、また新しい何かを生み出すために。


小出正三
ブランドコンサルタント。ブランドロジスティクス有限会社代表。
鎌倉市在住。マーケティングとデザインを結ぶコンセプト開発を中心に、企業、大学のブランドづくりに関わる。香川県直島、ベネッセハウスのサイン計画などリゾート施設のブランディングも多い。
自ら「かしこ」という和菓子ブランドを起ち上げ、海外で打菓子のライブパフォーマンスも行う。
http://kasiko.jp

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