龍言について

豪農の館
贅沢な平屋づくり 龍言

龍言は越後の豪農屋敷や庄屋屋敷を移築していた建物を使っており、シンボルでもある長屋門をくぐるとそこは懐古の世界。
龍言の魅力をムービーでたっぷりご紹介いたします。


移築された豪農の館

龍言の建物の多くは、近郷の豪農の館・庄屋屋敷を移築したものです。文化文政年代(約200年前)の豪農の館である「幽鳥の間」が、お客様をお迎えいたします。

豪農の館・庄屋屋敷の魅力

龍言の客室の大半は、近郷の豪農の館・庄屋屋敷などを移築したものです。居間と書院の間の間をお篭のまま入ってこられる造り(篭通しの間)となっています。また、部屋の造りが外からの侵入者から主人を守るような造りになっていたり寄木細工が施してあったりする為、その家の往事の豪勢さが偲ばれます。そのためお部屋のあちらこちらに時代を感じる造りが見られます。どの建物も決して新しいものではありませんが、佇むと自然と心が落ち着く…。豪農の館・庄屋屋敷にはそんな不思議な魅力がございます。


龍言の歴史

当時旅館を始める前の話である。海外に赴任していたある方が、日本の田舎の家に久しぶりに帰郷すると、生まれ育った自分の家が建替えられ、すっかり変ってしまっていた。自分が生まれ育った故郷がなくなってしまった事をとても残念だと話していました。その話を聞いていた先代は、旅館をするならこれだと思い、人の心の故郷として昔懐かしい思いを感じて頂けたらと、あえて手間をかけ豪農の館・庄屋屋敷を移築してお客様をお迎えしようと決意し、歴史と趣き、昔懐かしい思いを感じていただける宿となるよう努めて参りました。

龍言の名称
曹洞宗龍言寺の由来

明暦4年(1495)年6月15日坂戸城主 長尾政景公により城下 寺ヶ鼻の地に建立、寺名 曹洞宗・福聚山楞厳寺という。たまたま寺が火災にあった際、門前に大きな龍が灯明をかかげて現れ、鎮火したので以来、寺名を「龍言寺」と改める。寺内に長尾家の祖 長尾房長公及び寺建立者坂戸城主 長尾政景公 父子を祀り慰霊する。
政景公の二男顕景(後の景勝公)及び家臣直江兼続公共々幼少の頃この地に学ぶ。
慶長6年(1601)景勝公移封に従い米沢に移る。

この由緒ある跡地に建てた旅荘に『龍言』と名を付した。


四季折々の大庭園

季節の移ろいと相して、その様相を変える龍言の庭園風景。
四季折々の自然の様子は、彩り鮮やかにお客様をお迎えしているかのように見えます。
大庭園の四季は下記からご覧いただけます。

四季折々の大庭園

周辺眺望・散歩道

庭園内には、
散策道があります

庭園内にございます散策道は、龍言の裏山に続く散策コースになっており、緑豊かな山道では時折野生の小動物が顔を覗かせることも。頂上の見晴台からは、坂戸山をはじめ南魚沼の山々がご覧いただけます。